昨年5月、小学3年生の息子が、登校するのを渋り始めた。
シングルマザーのゴリラママさんは、看護師として朝は子どもより早く出て、帰宅は午後8時過ぎの毎日。
通勤途中、何もかも任せていた母からLINEで連絡があって知った。
「朝、起こしても起きなかった。起きれなかったから本人はふてくされてる。ご飯は食べないし、ものを投げつけて、起こさないおばあちゃんが悪いとブチ切れてる。学校に行かないって悪たれてるよ。私じゃもう無理だから帰って来て」
息子の発達障害を疑い出したのは、保育園に通っていたころ。
集団行動が苦手で、すぐに手が出てしまう。でも、周りにはさらに上を行く子たちがいて、その子たちと比べると適応できているし、友達もたくさんいた。
病院にかかったり、検査を受けたりはしなかったが、今思えばきっとこんな理由をつけていたのだと思う。
「親が子どもを病気や障害者にしているだけじゃない?」「未診断のまま過ごして、手のかかる健常児としても生きていくことはできる」
看護師として、知的障害や発達障害に対する医学的な知識があったことも、目を曇らせていた要因だった。
今は素直に認めることができる。「わかったようなふりをしていたが、一番の偏見をもっていたのは自分自身だった」と。
学校からの呼び出し
母からLINEの連絡があって2カ月。暴言や暴力が増え、学校に行きたくないという息子を何とか毎日送り出していた。
ある日の夕方、学校から「下校時に6年生に投げられてケガをしまして。学校に来ていただけますか?」と電話がかかってきた。
仕事中だったため母に迎えを頼…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル